応仁の乱~戦国乱世を可愛らしく表現
【応仁の乱】1468年11月、足利義視が京から比叡山に逃走
夢子
2014年11月22日 11:11
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【応仁の乱】1468年9月、足利義視が伊勢から京に戻る
1468年11月、足利義視が京から比叡山に逃走
9月に
室町幕府8代将軍・足利義政
の説得で京に戻った弟の
足利義視
。
足利義視は、
日野富子
の兄・
日野勝光(ひのかつみつ)
ら幕府から排除するように将軍・足利義政に進言する。
でも、将軍・足利義政はこれを聞き入れず、閏10月には義尚の乳父・
伊勢貞親(いせさだちか)
を幕府に復帰させる。これによって足利義政と足利義視は対立。
さらに、配下の有馬元家(ありまもといえ)を足利義政の命によって殺害され、身に危険を感じ、今度は比叡山延暦寺に逃走。
つづく
⇒
【応仁の乱】1468年11月、足利義視が東軍から西軍へ寝返る
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