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2015年02月04日

1472年 朝倉孝景が越前を支配

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1472年 朝倉孝景が越前を支配

越前守護・斯波氏の重臣として実権を握っていた朝倉孝景(あさくらたかかげ)が、応仁の乱で西軍として戦っていた斯波義廉(しばよしかね)を裏切り、東軍・細川勝元と手を結び、主君を追放。越前を支配することに。





朝倉孝景(あさくらたかかげ)

生誕 応永35年4月19日(1428年6月2日)
死没 文明13年7月26日(1481年8月21日)

主君斯波義敏→義寛→義廉

朝倉氏の先祖は日下部氏嫡流を称する但馬の古代武士団であり、当時は越前(福井県)の豪族であったが、南北朝時代を経て越前守護・斯波氏の重臣となった。





一乗谷朝倉館

『朝倉始末記』によると1471年に朝倉孝景(あさくらたかかげ)によって越前一乗谷(福井県福井市)に築かれた居館と城下町。

足羽川の支流である一乗谷川が形づくった細長い谷に、朝倉家当主が住む館を中心として、家臣が集住する城下町が造成された。

孝景から5代にわたって、朝倉家の本拠地となり、越前の政治、文化の中心として繁栄。

1573年、朝倉義景の代に織田信長の侵攻により、館と城下町が焼き払われ、朝倉家は滅亡。


一乗谷朝倉氏遺跡資料館
福井市安波賀町4-10


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