2015年04月15日

1480年 京で土一揆が勃発

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1480年 京で土一揆が勃発



土一揆(つちいっき)

借金の帳消しを求める一揆。

農民・地侍が年貢の減免や徳政を要求して、荘園領主・守護大名、また酒屋・土倉(どそう)などの高利貸と武力で争った。



京で大規模な土一揆が勃発。京の七口(関所)が破壊されるなど甚大な被害がでる。幕府は徳政令を発布するが、一揆は収まらず、隣国・大和の興福寺の十三重の塔などが襲われ、焼失。






  

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2015年04月14日

1480年 政治指南書『樵談治要(しょうだんちよう)』完成

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1480年 政治指南書『樵談治要(しょうだんちよう)』完成



一条兼良(いちじょうかねよし)が、9代将軍足利義尚に樵談治要(しょうだんちよう)を贈り、政道の指南にあたる。


樵談治要(しょうだんちよう)

政治の要道を説いた教訓書。

神を敬い仏を尊ぶべき、諸国の守護・幕府奉行人のあり方、足軽の停止(ちょうじ)等が記されている。


  

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2015年04月13日

1480年 桃井直詮(もものいなおあきら)が死去

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1480年 桃井直詮(もものいなおあきら)が死去



桃井直詮(もものいなおあきら)

幸若舞(こうわかまい)の創始者・・・能や歌舞伎の原型

草子(短い物語)に節をつけて謡い、好評を得た桃井直詮は、その後太鼓や小鼓に合わせて謡いながら立烏帽子姿で舞う幸若舞のスタイルを確立。

後小松上皇、後花園天皇や足利将軍家に仕え、晩年は朝倉孝景に従い越前に移り住んだ。



  

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2015年04月10日

1480年 幕府が『7カ条の禁制』を発布

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1480年 幕府が『7カ条の禁制』を発布


幕府は洛中の武士に対して、寺社の縁日や祭礼、相撲などを禁じた『7カ条の禁制』を発布。

当時は大勢の人が集まるとけんかになり、武士同志の個人のけんかがやがて、大規模な武力衝突に発展することも多々あり、法令を発布した。



  

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2015年04月09日

1480年 斎藤妙椿(さいとうみょうちん)が死去

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1480年 斎藤妙椿(さいとうみょうちん)が死去



斎藤妙椿(さいとうみょうちん)

室町時代の武将、僧侶。

美濃守護土岐氏の守護代斎藤利明(宗円)の子で、美濃斎藤氏の基礎をかためた利永の弟。応仁の乱では西軍に属し活躍。

文芸では一条兼良とも親交があり、押領した東常縁の所領を和歌の贈答によって返還した逸話は有名。


斎藤妙椿に関する記事
1469年 斎藤妙椿が略奪した郡上郡を東常縁に返還
1471年 東常縁が宗祇に古今和歌集を伝授

  

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2015年04月08日

1480年 島津忠昌が琉球に使節船来航を催促

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1480年 島津忠昌(しまづただまさ)が琉球に使節船来航を催促


薩摩の守護・島津忠昌(しまづただまさ)が室町幕府の要請を受け、琉球に使節船の来航を催促。これを受けて翌1481年、琉球王・尚真(しょうしん)は薩摩へ貢船(こうせん)と呼ばれる大型船の派遣を開始。


幕府は日明貿易で莫大な利益を上げていたが、応仁の乱以降は大内家、細川家らに明との貿易の実権を握られ財政難に。それで再び琉球との交易を求めた。



  

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